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京都地方裁判所 昭和30年(行)24号 判決 1957年3月07日

原告(反訴被告) 島原トルコ温泉株式会社

被告(反訴原告) 京都市

主文

原告の請求を棄却する。

反訴原告の反訴を却下する。

訴訟費用は本訴反訴を通じ全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告と略称する)訴訟代理人は、本訴につき、「被告(反訴原告以下単に被告と略称する)が原告に対し、原告方装置京都市水栓番号一〇九九号(淳風学区整理水栓番号第一二九四号)につき昭和二十九年三月分及び同年四月分並びに昭和三十年一月分より同年八月分に至るまで別紙第一表記載のとおりなした水道使用料賦課処分は無効であることを確認する。被告は原告に対し金七万八千八百七十五円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき、「被告の請求を棄却する。反訴訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行免除の宣言を求め、本訴請求原因並びに反訴に対する答弁として、

一、原告はその肩書地において島原トルコ温泉という市民周知の名のもとにトルコ式浴場を経営しており、その営業の上京都市装置水栓一〇九九号(淳風学区整理水栓番号一二九四号)を使用し、市水道施設を利用している。

二、ところが、被告は原告に対し、昭和二十九年三月分及び四月分並びに昭和三十年一月分より同年八月分に至るまで、それぞれその頃別紙第一表記載のとおり水道使用料を賦課した。

三、その外被告は原告に対し、昭和二十八年四月分より昭和二十九年十二月分(但し、昭和二十九年三、四月分を除く)に至るまで、それぞれその頃別紙第二表記載のとおり水道使用料を賦課し、且つ原告よりこれを徴収した。

四、ところで、右各賦課乃至徴収処分は、被告が原告の営業状態を目して京都市給水条例(以下単に給水条例と略称する)第二十八条、京都市給水条例施行規程(以下単に施行規程と略称する)第二十四条及び京都市下水道条例(以下単に下水道条例と略称する)第二十七条による「特殊営業」であると認定し、特殊営業用の水道使用料に基いてなしたものである。

五、しかしながら、原告の営業の実態は島原トルコ温泉というその名が端的に示す如く、専ら湯屋乃至浴場経営を業とするものであり、公衆浴場法にもとづいてその許可を得ている。また、その営業施設についても、すべて風呂営業に必要なものばかりである。而して給水条例第二十八条、施行規程第二十四条、下水道条例第二十七条にいわゆる「湯屋営業」とは、いわゆる「銭湯」のみに限定して解釈さるべきものではなく、いわゆる「風呂営業」一般を包含すると解すべきであるから、原告の営業状態はまさに右各法条にいわゆる「湯屋営業」に該当する。したがつて、原告の業務が「湯屋営業」であること明白であるのに拘らず、敢えてこれ「特殊営業」と認定してなした被告の本件賦課乃至徴収処分には重大且明白な瑕疵があり、法律上当然無効のものである。

六、而して原告の営業が「湯屋営業」であるとして、昭和二十八年四月分より昭和二十九年十二月分に至るまでの水道使用料を、原告の従来の水道使用料及び原告使用の揚水ポンプの動力指示に照して計算すると別紙第三表記載のとおりとなる。

七、したがつて、原告は被告の無効の賦課徴収処分により別紙第二表記載の計金額と別紙第三表記載の計金額との差額金七万八千八百七十五円を過払いしていることとなり、被告は右金員を不当に利得している。

よつて、原告は被告の本件賦課処分の無効であることの確認を求めるとともに、被告に対し、右不当利得金の返還を求めるため本訴に及んだ。

八、原告が昭和二十九年三月分及び四月分並びに昭和三十年一月分より同年八月分に至るまでの賦課水道使用料計金十一万六千十二円を支払つていないことは認めるが、被告の右水道使用料賦課処分は前記のように無効であるから、被告の反訴には応じ難い。と述べ、被告の主張に対し、

一、被告は「湯屋営業」がいわゆる銭湯を指すものであることの根拠として、湯屋営業用の水道使用料が、家事用よりも低廉であることをいうけれども、家事用より湯屋営業用が低廉であるのは、戦後公衆衛生(特にその予防衛生)向上の見地から、風呂営業者の用いる水は、従来井戸水であつたのを、上水道に変えさせるための政策であつて、被告の主張は見当ちがいである。

二、被告は被告水道局長が施行規程第二十四条第三号イの「その他水道局長の認定するもの」との規程に従い、原告の業態を特殊営業と認定したのは当然であると主張するけれども、この規定が適用されるのは同規程第二十四条の各号の何れにも該当しない場合に限るのであつて、原告の場合は、既に「湯屋営業」としての業態をそなえ、同条第四号に該当しているのであるから今更水道局長の認定をわずらわす余地はない。

三、被告は京都府知事の原告に対する公衆浴場としての営業許可に附せられた条件から、原告の営業が特殊営業であると主張するけれども、京都府知事の右許可内容の主眼は原告の営業も公衆浴場であるということであつて、この点において「銭湯」との間に何らの差異もない。単に右営業許可が適正配置を顧慮したということだけから、直ちに給水条例にいわゆる特殊営業であるとなすことは誤りである。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本訴につき主文第二項記載及び「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴として「原告は被告に対し、金十一万六千十二円及び之に対する昭和三十一年二月十九日以降完済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。反訴費用は原告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、本訴に対する答弁並に反訴請求原因として、原告の請求原因事実中一、乃至四の事実は認める。五の事実中原告が公衆浴場法に基き許可を得ている点及び被告が原告に対し「特殊営業」として水道使用料を賦課している点は認めるが其の余は争う。六の計算は争わない。七の事実は争う。

一、被告が水道を創設した明治四十五年三月以来現在に至るまで「湯屋営業」の水道料は家事用よりも低廉になつている。このことは「湯屋営業」の大衆性、公共性によるものであつて給水条例第二十八条、施行規程第二十四条及び下水道条例第二十七条にいわゆる「湯屋営業」が一回入浴料一人金十五円のいわゆる「銭湯」を指すことはこのことからも明かである。

二、ところが原告の定款における営業目的は(一)特種浴場、飲食業の経営、(二)土産物その他物品の販売、(三)前各号に附帯する一切の業務、となつており、その実際の営業態様を見ると一般風呂一回入浴料一人金三百円、個人高級トルコ風呂一回入浴料一人金五百円、貸切高級トルコ風呂一回入浴料一入金五百円であり、一般風呂では「ラウンドガール」の「お流し、筋肉調整、爪みがき」等のサービスがあり、食堂部においては「トルコ独特のお料理」を低廉に喫することができる等、銭湯と比較すると真に雲泥の相違がある。従つて被告水道局長が施行規程第二十四条第三号イの「その他水道局長の認定するもの」との規定に従い、原告の業態を特殊営業と認め、特殊営業用としての水道使用料を課したことは当然の措置である。

三、また、原告は京都府知事から昭和二十七年八月二十五日付の京都府指令七衛環第七六二一号を以て、公衆浴場法第二条の規定により営業許可を得ているが、この許可には、一般公衆浴場に変更しないことという条件が附せられている。而して、右条件が附せられた理由は、京都府知事が原告の施設は特殊であり、従つて特殊浴場であつて一般公衆浴場(いわゆる銭湯)ではないから、公衆浴場法施行条例(昭和二十五年九月八日京都府条例第四十八号)第一条に規定する適正配置を欠くものではないが、もし原告が一般公衆浴場(いわゆる銭湯)に変更した場合は適正配置を欠くに至ると認めたからである。このことと同条例第三条の規定とを照合すると、京都府知事も原告を同条にいわゆる「特殊な営業を行う公衆浴場」と認定の上、原告に対し前記営業許可を与えたものと考える。

以上の理由から被告の本件賦課徴収処分は適法であつて、原告の本訴請求は棄却されるべきである。却つて、原告は被告に対し、昭和二十九年三月分及び四月分並びに昭和三十年一月分より同年八月分に至るまでの水道使用料計金十一万六千十二円を支払う義務があり、被告は原告に対し右金員及び之に対する反訴状送達の翌日である昭和三十一年二月十九日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため反訴に及んだと述べた。

(立証省略)

理由

先ず原告の本訴について判断する。

原告がその肩書地において島原トルコ温泉という市民周知の名のもとにトルコ式浴場を経営しており、その営業上原告主張の水栓を使用、市水道施設を利用していること、被告が原告に対し原告主張のとおり水道使用料を賦課乃至徴収したこと、及び賦課乃至徴収処分は被告が原告の営業状態を目して、給水条例第二十八条施行規程第二十四条及び下水道条例第二十七条による「特殊営業」であると認定し、特殊営業用の水道使用料に基いてなしたものであることは当事者間に争いがない。

そこで本件の争点である原告の営業が給水条例第二十八条、施行規程第二十四条及び下水道条例第二十七条にいわゆる「湯屋営業」と「特殊営業」の何れに該当するものであるかの点について考察する。

右にいわゆる「湯屋営業」は、いわゆる「銭湯」のみに限定されるべきか、或は、「風呂営業」一般を包含する概念であろうか。「湯屋営業」が「風呂営業」であることは異論のないところであるが、「風呂営業」を営むもののすべてが「湯屋営業」に該当するか否かは疑問である。前記各法条が専用給水装置の用途区分を定め、その用途別に応じて水道使用料に差等を設けた行政目的に照らし、合目的に考察しなければならない。成立に争いのない乙第三号証によれば、湯屋営業用の水道料金は明治四十五年三月の水道創設当時以来引続き家事用よりも低額であり、特殊営業用の水道料金は昭和二十三年七月以前は家事用と同額、同年八月以降は家事用よりも稍々高額になつていること、及び下水道使用料においても、昭和二十四年六月以降引続き湯屋営業用は家事用よりも低額、特殊営業用は家事用よりも稍々高額であることが認められる。然らば、湯屋営業用を上、下水道料ともに、特に家事用よりも低額に定めなければならない必要は奈辺にあるのであらうか。考え得る理由は三ある。先づ第一に公衆衛生上の見地から、なるべく上水道を使用させ、自然水の使用を避けさせるためということが考えられる。このことは無視することのできない理由の一つではあろうが、このことだけでは同じく公衆衛生に留意すべき学校用、病院用、料理飲食店用等が家事用よりも高額であること、及び湯屋営業用が下水道使用料においても家事用より低額であることを説明することができない。第二に湯屋営業は専ら且つ多量に水を使用するものであるから、商品販売の原則から、大量に購買(使用)するところには安くするということが考えられる。しかし、このことだけでは、一般家庭よりも大量に水を使用するであろう、病院、旅館、料理飲食店、洗濯業等について家事用よりも高額の水道使用料が定められていることを説明することができない。第三に、我国においては、自宅に浴室を備えないものが多く、入浴という一般家庭生活を入浴料の低廉な湯屋に求めるため、「湯屋営業」は市民の日常生活に必要不可欠のものとなつている。この「湯屋営業」の大衆性、公共性は、入浴料の低廉であることを必然的に要請する。かような社会政策的見地から湯屋営業用の水道使用料を低額にするということが考えられる。以上の三要素は相剰作用をなして湯屋営業用の上下水道使用料をともに家事用のそれよりも低額にすべき理由となるものと解する。特に第三の社会政策的考慮がなされていることは施行規程第二十四条第三号イにおいて、「営業のため、または営業に附随して水を比較的多量に使用するもの」であつても、「一般家庭生活及び生産に直接関係のうすいもの」を特殊営業用としていることからも窮い得るところである。そうすると、「湯屋営業」とは、いわゆる銭湯のように、市民の一般家庭生活に直接関係があると認められる風呂営業であつて、入浴料が大衆に親しむ程度に低廉なものということができる。したがつて、サービスの程度、飲食物販売の有無、トルコ風呂の設備の有無等は、それらの人的物的設備全体として、市民の一般家庭生活に直接関係のあるような風呂営業であるか否か、特にそのために一般大衆に親しむ程度の入浴料金であるか否かという観点からみなければならない。

そこで原告の営業状態をみるに、証人西村厚一郎の証言、原告代表者本人尋問の結果及び検証の結果によれば、原告会社には団体客用の浴場一つ、普通浴場二つ、一人貸切浴場三つ、二人貸切浴場二つがあり、いずれにも通常の浴槽とトルコ風呂の設備があり、各浴場の板間には、椅子、テーブル、寝台、洗面設備等が備えられていること、表入口を入つた東西両側に板間の広間があり、東側の広間の東にはテラスがあり、いずれにもテーブル、と椅子を相当数配置し、東側の広間の南側にカウンターがあり、棚にはサイダー、ジユース類が陳列してあること、カウンター横の出入口から南に入つたところは調理場になつていて、水槽、電気冷蔵庫、流し、調理台等の設備があるが、現在調理場は使用せず、客の求めに応じてジユース、サイダー、ラムネ等は提供しているが食事は提供しておらず、したがつて、そのための料理人、給仕、什器の設備がないこと、土産物その他の物品の販売はしていないこと、ラウンドガール(いわゆるトルコ娘)が客の背中を流し、マツサージ等をすること、入浴料金はサービスや設備に応じて百五十円、三百円、五百円の三段階があるが、現在は五百円のものだけになつていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。また、原告会社の定款における営業目的が(一)特殊浴場、飲食業の経営、(二)土産物その他物品の販売、(三)前各号に附帯する一切の業務、となつていることは、原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。更に成立に争いのない乙第一号証(原告の宣伝用パンフレツト)にはトルコ独特の料理を提供することが記載されている。もつとも証人西村厚一郎の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、右宣伝用パンフレツトは、開業当時客を誘致するために現実より誇張したものであり、定款に「飲食の提供」をもうたつてあるのは、現実に飲食を提供するときめたわけではなく、将来これを実行する場合に、定款を変更しなくてもよいようにしたものであることが認められるけれども、なお前記認定の設備、及び原告の定款における営業目的に照し、少くとも原告が将来いつでも「食事の提供」を実行し得る可能性を留めていることは明かである。以上認定の原告会社の人的物的設備、営業の態様、殊に料金が一般銭湯に比し著しく高額であること等に徴すれば、原告会社の営業はまさに「風呂営業」ではあるが、市民大衆の一般家庭生活に直接関係あるものとは認められない。何となれば、我国の現在社会において、トルコ風呂は未だ一般大衆の日常生活になじまないのみならず、入浴料金の高いことと相俟つて、一般市民がその日常の家庭生活としての入浴のために、如何にサービスがよくても原告温泉へ行くとは考えられないからである。このように原告会社の営業は大衆性、公共性を欠如しているのであつて、施行規程第二十四条にいわゆる「湯屋営業」に該当しないものというの外はない。

ところで、同条にいわゆる「特殊営業」とは、営業のためにまたは営業に附随して水を比較的多量に使用するもので、一般家庭生活及び生産に直接関係のうすいものをいい、一般に奢侈性、消費性を有するものがこの範疇に属するものと解せられる。而して既に認定した原告会社の営業状態をみると、まさに右の各要件を具有するものということができ、したがつて原告の営業は「特殊営業」であるといわなければならない。もつとも原告が公衆浴場法にもとづいて営業許可を得ていることは当事者間に争いのないところであるが、このことは原告の水道使用料算定の基準としての「湯屋営業」か「特殊営業」かを定めることとは行政目的を全く異にするものであつて、直接の関係を有しないところであるのみならず、成立に争いのない乙第二号証によれば、右許可には「一般公衆浴場に変更しないこと」なる条件が附せられており、その理由は、公衆浴場法施行条例(昭和二十五年京都府条例第四十八号)第一条に規定する公衆浴場の適正配置の関係において、原告を特殊の浴場であると認定し、一般公衆浴場(いわゆる銭湯)に変更した場合は適正配置を欠くに至ると認めたことにあることが認められるから、原告が前記の如く公衆浴場法に基いて営業許可を得ていることは、原告が「特殊営業」であるとした前叙認定と何ら矛盾するものではない。

よつて其の余の判断をなすまでもなく、被告水道局長が原告を「特殊営業」と認定し、原告に対し、給水条例第二十八条及び下水道条例第二十七条にいわゆる特殊営業用としての上下水道使用料を賦課乃至徴収したことは正当であつて、これが違法であるとの前提にたつ原告の本訴請求はすべて失当として棄却することとする。

そこで次に反訴につき職権を以て判断するに、被告は反訴を提起し、原告に対し、昭和二十九年三月分及び四月分並びに昭和三十年一月分より同年八月分までの上下水道使用料計金十一万六千十二円の支払いを求めるのであるが、地方自治法第二百二十五条第一項によれば分担金、使用料、加入金、手数料及び過料その他の普通地方公共団体の収入を定期内に納めない者があるときは、普通地方公共団体の長は、期限を指定してこれを督促しなければならない。而して滞納者が同項による督促を受けて、その指定の期限内にこれを完納しないときは、同条第四項により国税滞納処分の例により、これを処分しなければならないことになつている。したがつて、営造物(水道)の使用関係も公法関係であるというべく、その使用料につき、右の如き強制徴収の方法を定めてある以上、地方公共団体の長は営造物(水道)の使用料につき滞納者があるときは、必ず右の方法によつて徴収すべきであつて、裁判所に訴を提起して請求することを得ないものといわなければならない。よつて、被告は前記水道使用料を右の強制徴収の方法によつて徴収すべきであるのに拘らず、反訴を提起したのであるから、被告の反訴は不適法であつて却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 木本繁 佐古田英郎)

(別紙省略)

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